ー 目次 ー
1.はじめに
日本の中小企業でインドネシアから技能実習生を受け入れる際に、事前に現地(インドネシア)へ赴いて実習生本人とその家族に直接会うことは、とても有効な方法です。
実習生たちは家族や母国の期待を背負って意欲的に来日します。そのため、来日前に企業側が現地で本人と家族に会い、互いに理解を深めておくことで、信頼関係が生まれます。
2.現地での面接や訪問の効果
具体的には、現地での採用面接や家庭訪問によって以下のような効果が期待できます。
- ミスマッチの防止:書類やオンライン面接だけでは分からない人柄や日本で働く意欲を直接確認できます。送り出し機関による渡航前研修も重要ですが、企業自ら会いに行くことで実習生の適性をより深く把握できます。
- 家族の安心感:実習生の家族に直接会社の説明を行い、質問に答えることで、家族も制度を正しく理解し安心できます。技能実習生本人および家族が制度を十分に理解していることを確認するのはとても重要です。
- 企業の責任感向上:社長や管理職が遠方まで出向いて家族に会うことで、企業側にも「預かったご家族の大切な人をしっかり育てよう」という責任感が生まれます。日本人を採用するときと同様に、外国人であっても対面での採用面接・挨拶を行うことは信頼関係構築の基本と言えます。
このように、現地での直接対面は技能実習生受入れの良いスタートを切るためのカギとなります。では、そもそも技能実習生の受入れにはどんなリスクがあり、なぜ対面が重要なのでしょうか。以下で詳しく説明します。
3.技能実習生のトラブルリスクについて
技能実習生の受入れにおいて最も懸念されるトラブルの一つが「失踪」、つまり実習生が行方不明になる事態です。近年、この失踪件数は増加傾向にあります。
法務省・出入国在留管理庁の統計によれば、2022年に失踪した技能実習生は9,006人(全実習生の約2.0%)に上り、2023年にはさらに増えて9,753人(約1.9%)と過去最多を記録しました。割合自体は全体の2%前後で推移していますが、受入れる実習生の総数が増えるにつれて実習生の絶対数も増えているため、失踪者の数は減っていないのです。
失踪が増える背景にはさまざまな要因が指摘されています。制度上の制約として、技能実習生は原則として受入れ企業を途中で変更(転籍)できないことが挙げられます。配属先で不満があっても転職が難しいため、やむを得ず逃げ出してしまうケースがあるとされています。
また、労働環境や待遇の問題も見過ごせません。法務省が公表した失踪実習生に関する調査結果では、失踪者5,218人中759人に最低賃金未満など何らかの不正行為(労働法令違反)の疑いが見られました。低賃金や長時間労働、人権侵害的な扱いを受ければ、実習生が失踪を選択してしまうリスクは高まります。
また、多くの実習生は来日に際して母国の送り出し機関に高額の手数料や渡航費を支払い、借金を背負っている場合があります。期待した収入を得られず家族への仕送りが困難になると、より高い賃金を求めて失踪する動機にもなりえます。
このように、技能実習生の失踪リスクは現実に存在し、近年深刻化しているのです。企業にとって失踪は頭の痛い問題であり、発生すれば受入れ企業側にも大きな影響と損失をもたらします。では、実際に失踪が起きてしまった場合、企業にはどのようなデメリットがあるのでしょうか。
4.失踪した場合に生じるデメリット
万が一、受け入れた技能実習生が失踪してしまった場合、受入れ企業には様々なデメリットや負担が発生します。主なものを整理すると次のとおりです。
- 手続き上のコストと負担:実習生が行方不明になった場合、まず監理団体への報告が必要です。その後、警察への捜索願提出や、外国人技能実習機構(OTIT)への「技能実習実施困難時届出書」の提出など、一連の手続きを迅速に行わなければなりません。これらの対応には時間と労力を要し、企業担当者にとって大きな負担です。さらに、失踪届を提出すると、外国人技能実習機構や入国管理局による実地調査が行われます。場合によっては企業への聞き取りや記録確認が行われ、原因究明に協力する必要があります。手続き対応に追われること自体が業務上のロスとなりますし、その間本来の仕事にも支障が出かねません。
- 受入れ枠の縮小(優良企業になれないリスク):技能実習制度には、実習の適正な実施と良好な成果をあげている企業・監理団体を「優良」として認定し、メリットを与える仕組みがあります。優良認定を受けた企業は、例えば技能実習の期間延長(最長5年まで)や同時に受け入れ可能な実習生人数枠の拡大といった恩恵を受けられます。しかし、実習生の失踪が発生すると優良認定の大きな障害となります。にあるように、直近3年以内に受入れ企業側に責任のある失踪があった場合、優良要件の評価で50点もの減点対象となります。これは優良認定の合否に直結する重大なマイナス点です。そのため、失踪者を出してしまうと優良企業として認められず、結果的に実習期間を延長できなかったり受入れ人数が増やせなかったりする可能性があります。さらに悪質な場合には、法令に基づき一定期間、新たな実習生受入れ停止処分を受けることもあります。このように、失踪一つで企業の将来的な人材受入れ計画に支障が出るリスクが高まります。
- 企業の評判低下のリスク:技能実習生が失踪する事態は、送り出し国や地域の関係者にも知られるところとなります。実習生に逃げられた企業という評判が立てば、次の人材受入れ時に優秀な候補者を紹介してもらえなくなる恐れがあります。送り出し機関も、自社からの実習生が失踪した企業には慎重になるでしょう。また、社内外の信頼関係にも影響があります。同業他社や地域社会から「労務管理に問題があるのではないか」と見られたり、在籍中のほかの実習生の士気が下がったりする可能性もあります。実習生の失踪問題は日本国内でもニュースになることがあり、そうした報道を通じて企業名が知れ渡ればイメージダウンにつながりかねません。つまり失踪は企業の信用に関わる問題でもあり、防止すべき重大リスクなのです。
以上のように、技能実習生に失踪されてしまうと手続き対応の負担増、優良認定の喪失による人材活用機会の減少、そして企業イメージの悪化といったデメリットが生じます。このような事態を避けるためにも、そもそも失踪を未然に防ぐ取り組みが重要になります。その一つの有効策が、「受入れ前に現地で本人と家族に会っておくこと」なのです。次に、その具体的なメリットを見てみましょう。
5.本人と家族に会いに行く大きなメリット
現地で技能実習生本人およびその家族に直接会うことには、失踪防止や定着率向上につながる大きなメリットがあります。主なポイントを順に説明します。
- 本人とのマッチング精度向上:実習生の採用段階で直接会っておくことで、書類やオンライン上では分からない人柄・適性を見極められます。例えば日本で働く目的や意欲、健康状態、日本語のコミュニケーション力などをその場で確認できます。これはミスマッチによる早期離職を防ぐ効果があります。実際、送り出し機関も渡航前研修やフォローアップを通じて人選に気を配っていますが、受入れ企業自身が直接対面で感じ取る情報は貴重です。また、現地で直接話すことで実習生本人の不安や疑問も解消しやすくなり、相互理解が深まります。「この会社で頑張りたい」という気持ちを強めることができれば、来日後の定着にも良い影響を与えるでしょう。
- 企業側の責任感とサポート意識の向上:現地訪問して家族に挨拶することで、受入れ企業の側にも自然と責任感が芽生えます。実習生のご両親や配偶者など家族と顔を合わせることで、「大切なお子さん(ご家族)をお預かりするのだ」という自覚が深まり、受入れ後のサポートにも力が入ります。例えば、受入れ企業の担当者が「何かあれば自分たちが家族に顔向けできない」という思いを持てば、日々の指導や生活面でのケアにも真剣に取り組むようになります。その結果、実習生にとって働きやすい環境が整い、問題が起きても相談しやすくなるため失踪などの深刻な事態を避けやすくなるのです。企業と実習生が「家族ぐるみの付き合い」のような関係性を築ければ、お互いに信頼と責任で結ばれた良いパートナー関係となります。
- 対面採用の基本に忠実(信頼関係の構築):人材採用において対面でのコミュニケーションは基本です。日本人の新卒採用でも必ず面接を行うように、外国人であっても本来は直接会ってお互いを知ることが望ましいと言えます。特に技能実習のように3年間(優良企業なら最長5年)の長期にわたる雇用関係になる場合、最初に会って顔を知っておくことの意義は大きいです。対面での面接や説明を経て来日した実習生は、「自分を受け入れてくれる会社の○○さんは実際に会ったあの人だ」という安心感を持って来日できます。顔が見える関係は、遠い異国で働き始める実習生にとって大きな心の支えです。同時に企業にとっても、単なる名前だけの人材ではなく「直接会って選んだ人材」という認識になりますから、入社後のフォローにも熱が入るでしょう。遠方であっても会いに行く姿勢そのものが信頼の証となり、実習生側のモチベーションアップや家族からの協力(「会社の方にちゃんと頑張ると約束したでしょう」という声掛け等)につながります。
以上のように、現地での本人・家族との対面には「ミスマッチ防止」「企業・実習生間の信頼醸成」「相互の責任感向上」という大きなメリットがあります。
これは結果的に技能実習生の定着率を高め、失踪リスクを下げる効果が期待できます。実際、多くの監理団体では現地面接の際に合格者の家庭訪問をオプションで用意しており、家族に会社説明をして安心して送り出してもらう取り組みを行っています。制度上も、実習生や家族に違約金や保証金を課すことは禁止されているため、金銭で縛るのではなく信頼関係で結びつきを強めることが重要だといえます。
6.現地に行くコストパフォーマンスはどうか
コストパフォーマンスの比較
現地に赴いて実習生本人・家族と面談することは効果が大きい一方で、「渡航費や時間がかかるのでは?」という心配の声もあるでしょう。そこで、渡航コストと失踪リスク低減による利益を比較し、その費用対効果を考えてみます。
一般的に、日本からインドネシアへの出張費用としては、航空券代や宿泊費などを合わせて1人当たり数十万円程度が見込まれます。例えば往復航空券が時期にもよりますが約10万〜20万円、現地滞在費(宿泊や交通)に数万円程度かかったとしましょう。仮に20〜30万円の出張コストが発生したとしても、それによって実習生の失踪を1人でも防げれば十分に元が取れる可能性があります。
失踪された場合のコストが高い
なぜなら、技能実習生が失踪・早期離職してしまった場合の損失は、それ以上に大きいからです。ある協同組合の試算によれば、技能実習生1人を受け入れる初期費用は約50万円〜100万円前後発生します(手続き代行費用や講習費用などを含む)。
この初期費用に加えて、実習生受入れ後も毎月の監理費や指導コストがかかっています。もし途中で失踪されてしまうと、これらに投下した費用や労力が無駄になるばかりか、代わりの人材を再募集・再教育するためにさらに追加コストが必要になります。新たな実習生を受け入れるには再び数十万円の経費と半年近くの準備期間が必要となり、その間の人手不足による生産性低下も避けられません。極端に言えば、実習生1人の失踪は数百万円規模の損失につながる可能性があります。
一方、事前に現地訪問してしっかり適性を見極め、信頼関係を築いておけば失踪リスクを大幅に下げられると考えられます。
仮に「現地訪問なしの場合は失踪率5%だが、訪問ありなら1%に抑えられる」といった効果が得られれば、20万円の出張費で4%分の失踪リスク低減を買うことになります。
先述のように失踪1件当たりの損失が大きいことを考えれば、出張費用に見合う十分なリターンが期待できるでしょう。実習生が無事に長期間定着すれば、その人が現場に習熟して戦力となることで生産性が向上し、企業の利益にもつながります。特に自動車整備業のように経験の蓄積がものを言う業種では、1年目より2年目、2年目より3年目と実習生が成長して戦力になっていきます。途中で辞められて新人を入れ直すより、最初に選んだ人に最後まで続けてもらう方が圧倒的に効率が良いのです。
教育担当社員を連れていくことで社員教育になる
パフォーマンス向上にも家庭訪問は有効に働きます。
教育を担当する社員を技能実習生のご家族訪問に連れて行ったことがありました。そこで、本人がどこまで熱意があるか、ご家族はどれだけ喜んでいるかを肌で感じることができたのです。
今まで言われたことだけをこなしていた社員の意識改革がこの時起こりました。この社員が帰りに言っていた「皆様の想いを背負い、責任感をもっていく。実習生と向き合って一生懸命育てます」という言葉に力がありました。
このように、自社の社員を教育する機会としても訪問は有効です。
現地に行くコストパフォーマンスは良い
このように、現地に行くコストパフォーマンスは決して悪くありません。むしろ、将来的な損失防止と人材の安定確保という観点で見れば、費用対効果の高い「先行投資」と言えます。企業にとっては一度の出張費用ですが、実習生本人や家族にとっては何年にもわたる安心感につながります。その信頼が結果的に実習生の定着と成長を促し、企業の利益にも返ってくるのです。
7.まとめ
インドネシアからの技能実習生を受け入れる際に、事前に現地で本人および家族に会っておくことは、実習生の定着率を高め、失踪などのトラブルを防ぐ有効な手段です。
近年、技能実習生の失踪者数は増加傾向にあり、受入れ企業には手続き面の負担や優良認定の難易度上昇といったリスクが生じます。
しかし、現地で直接顔を合わせて信頼関係を築いておけば、ミスマッチによる早期離脱を防ぎ、企業・家族間で実習生を支える協力体制を作ることができます。対面での交流は双方に安心感を与え、企業にも「大切な人材を預かる」という責任感を芽生えさせます。結果として実習生が安心して技能習得に集中できる環境が整い、企業も安定した戦力を確保できるのです。
費用面でも、渡航費は実習生の失踪による損失と比べれば十分に許容範囲であり、現地訪問はコスト以上のリターンをもたらす可能性が高いことを述べました。
公的機関も「実習生本人および家族が制度を十分理解していることの確認が重要」と指摘しており、また実習生や家族に違約金や保証金を課すことは禁止するなど制度面の整備も進められています。最終的に大切なのは人と人との信頼関係です。
遠く離れた異国で働く実習生にとって、事前に直接会ってくれた受入れ企業の存在は何にも代えがたい安心材料となります。それは実習生本人の頑張る力となり、家族の後押しともなって、結果的に企業への長期定着という形で返ってくるでしょう。
中小企業にとって出張の手間はあるかもしれませんが、「百聞は一見に如かず」という言葉の通り、現地に足を運んで得られるものは大きいと言えます。
技能実習生受入れを円滑に進め、そして貴重な人材に長く力を発揮してもらうために、ぜひ受入れ時にはインドネシアの現地に赴き、実習生本人とご家族に会いに行くことを検討してみてください。その先行投資が、実習生・企業双方の明るい未来につながるはずです。

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