1.はじめに
地球温暖化の影響か、年々夏の気温が上昇しています。今年もまだ6月に入ったばかりですが、東京では気温が摂氏30度に迫る日があります。
今年の夏も暑くなりそうです。基本的に半室内で作業を行う整備士にとっては、この酷暑への対策は非常に重要となります。特に熱中症対策は入念にしなければいけません。
そこで、本記事では、熱中症のメカニズムと原因を挙げ、整備士の効果的な熱中症対策について解説します。
2.夏季における熱中症の発生状況
7,8月に症例が集中
日本では夏場に熱中症患者が急増する傾向があり、7月と8月に全体の約8~9割の症例が集中しています。
例えば、2010~2013年の職場における熱中症死亡事故の約90%が7月・8月に発生しました。
増加する搬送者数
総務省消防庁による熱中症救急搬送データでも同様に夏季にピークが見られます。消防庁の統計によれば、2024年(令和6年)の5~9月に熱中症で救急搬送された人は97,578人に上り、2008年に調査を開始して以来最多となりました。
これは前年(2023年5~9月)の91,467人から約6千人増加した数値です。特に猛暑となった年の夏は搬送者数が顕著に増加し、2018年には6~9月で92,710人(全国)もの搬送者が記録されています。
その後、2019年は66,869人、2020年は64,869人とやや減少しましたが、近年再び増加傾向に転じ、2023年には91,467人と過去最多を更新しています(2024年はさらに増加し記録更新)。このように熱中症は年々深刻化する夏の暑さに比例して増える傾向があり、特に真夏(7~8月)に警戒が必要です。
なお、熱中症による死亡者数も増加傾向にあり、厚生労働省の統計では1994年以降、年間平均で約660人が熱中症で亡くなっており(1993年以前は年平均67人)、高齢者の被害が多くを占めます。自動車整備業に限らず、夏季の屋外・半屋外作業は熱中症の主なリスクとなることが明らかです。
3.自動車整備工場における熱中症リスクと作業環境
整備工場の過酷な環境
自動車整備士の作業環境は夏場に熱中症リスクが高いことで知られています。整備工場はシャッターで外気と繋がった半屋外空間であることが多く、エアコン完備の事業所は少数派です。そのため気温・湿度が高い屋外気候の影響を強く受け、風通しが悪ければ室内に熱がこもりやすい環境となります。
特に自動車整備工場では、鉄骨造の建物が外部の熱を吸収しやすく、屋根が高い構造だと熱気が上部に滞留して空気循環が悪化する傾向があります。
窓が少なく換気が不十分な場合、外気温以上に室温が上昇し、作業場内部が酷暑状態(しばしば35℃以上)になることも珍しくありません。

実際、ある金属加工工場では冷房のない真夏の室温が40℃を超えるのが当たり前で、工場に入った瞬間に熱気を感じるほどだったと報告されています。
こうした高温環境下で整備士は長袖のつなぎ(作業着)を着用し、エンジンや機械部品を扱う作業では機器からの放熱も加わるため、体感温度はさらに上昇します。
実際に「高温多湿で熱のこもりやすい環境で作業することが多い」のが整備士の現状だと指摘されています。加えて夏の直射日光や照り返しも強烈なため、屋外での車両搬送・点検等では日射による負荷もかかります。
さらに、整備工場内の温熱環境は外気温の変化に遅れて推移する特徴があります。ある調査研究では、屋内作業場の暑さ指数(WBGT)は日中ゆっくり上昇し、15~17時頃から屋内のWBGTが屋外(気象庁アメダス観測)を上回り、夜間~翌朝まで屋内の方が高い傾向が確認されています。
つまり、日中に熱せられた工場建屋や設備が夜間まで熱を放出し続けるため、夕方以降も外より室温が下がりにくいのです。このように熱がこもりやすい職場では、十分な休憩を取っても体を冷やしにくく、連日の作業で熱疲労が蓄積しやすい点にも注意が必要です。
空調設備の未整備
なお、整備士の労働環境に関する調査では、空調設備の未整備が深刻な問題となっています。業界の人材サービス会社アプティの2024年調査によれば、自動車整備士の78%が「作業環境の悪化(暑さなど)を退職理由に挙げた」一方、整備工場の87%が「空調(エアコン)導入にかかる高額な費用」を理由に空調設備を導入できていないと回答しています。
これは多くの中小整備事業所で経費面の制約により冷房設備が普及していないことを示しています。
実際、整備工場の夏場の環境はかなりシビアで、現在こそディーラー系の一部で冷房やスポットクーラーを設置する例が増えてきたものの、依然として少数派と言える状況です。
このような現場環境の厳しさが人材流出にもつながっており、安全配慮義務の観点からも各社で職場環境改善への取り組みが求められています。
4.熱中症対策の導入事例とその効果
自動車整備業界では近年、猛暑による健康被害への意識が高まり、各社が本格的な熱中症対策に乗り出しています。以下に、具体的な対策事例とその効果をいくつか紹介します。
ファン付き作業服・冷却ベストの配布
首都圏の新車ディーラーでは、メーカー純正ロゴ入りのファン付き空調ベストを整備士に支給する動きが広がっています。
ホンダ東京西(東京都福生市)では全サービススタッフにファン付きベストを支給し、社長は「スタッフも喜んでいる」と述べています。
同様の対策は他メーカー系販社でも増加傾向にあり、猛暑の影響もあって空調服メーカーへの注文が急増しています。ファン付きウェアの導入により、整備士の体表付近に風を送り汗の蒸発を促進できるため、体感温度の低減と作業快適性の向上が期待できます。
スポットクーラー・ミスト扇風機の活用
大規模な空調設備が難しい工場では、スポットクーラー(スポットエアコン)の設置が一般的な対策となっています。
ピンポイントで冷風を当てられるため、広い工場でも作業者周辺の温度を下げるのに有効です。また、ミスト(微細な霧)噴霧機と大型ファンを組み合わせ、気化熱で局所冷却する方法も注目されています。
ミスト冷却はランニングコストが低く抑えられ、工場内の気温を2~3℃程度下げる効果が報告されています(※具体的な効果数値は導入環境によります)。これらの機器は比較的低コストで導入しやすく、中小規模の現場でも即効性のある暑さ対策として導入が進んでいます。
作業環境そのものの温度低減(断熱・遮熱対策)
工場建屋自体の温度上昇を抑える取り組みも効果的です。その一例が屋根・天井への遮熱塗料の塗布です。ある整備工場では屋根に高遮熱塗料「ミラクール」を塗布し、施工後に工場内の室温が10~15℃低下したとの報告があります。
これにより職場環境が大幅に改善され、同時に冷房効率が上がって電力コストも約1割減少する副次効果が得られました。
また、別の金属加工工場では、屋根裏に高性能の遮熱シートを施工することで夏場の室温が42℃から29℃へと13℃も低減したケースもあります。
この工場では施工後、「真夏日でも汗をかかずに働けるようになった」と従業員が述べており、空調なしでも予想以上の効果があったとされています。このように遮熱・断熱対策は工場内の蓄熱を抑制し、熱中症リスクの大幅低減に寄与します。
冷房設備(エアコン)の導入
従来、整備工場のエアコン設置率は低く抑えられてきましたが、近年は本格的に工場全体を冷房する動きも出てきました。
埼玉トヨペットでは2023年5月開設の新整備工場(久喜支店)で天井に大型エアコンを設置し、整備士の作業環境改善に踏み切っています。
同社は今後、既存店舗のリニューアルに合わせて順次工場内エアコンを導入していく方針で、いすゞ自動車首都圏や南関東日野自動車など大型車ディーラーでも工場空調の導入検討が始まっています。
エアコン設置には初期投資が大きいものの、導入企業からは「従業員の安全と健康を守るための必要経費であり、離職防止や作業効率向上というリターンがある」との声もあります。
実際、空調導入後は熱中症発生件数がゼロになったという事例報告もあり、従業員からも「格段に作業が楽になった」と好評です。首都圏ではこのような動きが広がりつつあり、「整備工場にエアコンがあるのが当たり前」という時代が来る可能性も指摘されています。
作業管理と健康管理の徹底
ハード面の対策と併せて、ソフト面の運用も各社で強化されています。具体的には、暑い日は作業時間を短縮・交代して連続稼働を避ける、こまめな水分・塩分補給を義務付ける、空調付きの休憩室やクールワゴン(冷房車両)で身体を冷やす休憩を設ける、といった取り組みです。
ある建設会社では現場に冷房付き休憩車両を配備し、休憩ごとに作業員が車内でクールダウンできるようにした結果、熱中症発生ゼロを達成した例もあります。
自動車整備の現場でも、夏場は朝礼で熱中症予防の声かけを徹底し、WBGT指数計で作業場の暑さ指数を常時モニタリングして危険水準なら作業中止・休憩を指示する企業が増えています。
労働安全衛生法の改正により2024年4月から職場の熱中症対策が事業者の義務として強化されたこともあり、経営者層には計画的な対策実施と「命を守る」意識改革が求められています。
以上のような対策事例から、適切な暑熱対策は実際に効果を上げていることが分かります。ファン付きウェアの導入で現場の不快感が軽減したり、遮熱施工で工場内温度が劇的に下がったりと、様々な対策があります。
是非、今回の記事を参考に夏対策を取り入れてみてください。

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